“光”がいた場所へ——『光が死んだ夏』の聖地を探して。三重県の舞台モデル考察

あの山は、きっと本当に“どこか”にある。

『光が死んだ夏』を読み終えた夜、そんなことを思った。木々のざわめき、赤い鳥居、湿った風の匂い──すべてが、記憶に触れるような温度で描かれていて、「これってどこかで見たことある」と胸の奥をざわつかせる。

物語の舞台は明かされていない。けれど、言葉の端々に滲む方言、坂道の角度、学校の佇まい、そして空の色。その一つひとつが、三重県の山間部にある“リアルな風景”と重なっていく。

この記事では、『光が死んだ夏』の舞台がなぜ三重県と考えられているのか、その根拠と、モデル地とされる場所について詳しく考察していきます。

そして後半では、実際に訪れることができる聖地巡礼スポットを紹介しながら、あの夏に光とよしきが歩いた景色を、自分の足で辿る方法もお届けします。

静けさのなかに潜む“違和感”と“懐かしさ”。それらが交差する場所に、きっと、物語の続きを感じられる風景があるはずです。

『光が死んだ夏』に描かれる舞台──なぜ「三重県」だと言われるのか

たとえば、蝉の声が降るように響く坂道。

山に囲まれ、出口がないように見える集落。

言葉にしなくても、「ああ、この場所に“光”がいたのかもしれない」と、肌で感じるような風景があります。

『光が死んだ夏』は、地名も駅名もはっきりとは登場しません。それでも、多くの読者が「これは三重だ」と口をそろえる。その理由には、目に見えない“記憶のリアル”がありました。

方言・文化・地形のリアリティ

この物語を読んでいると、登場人物の言葉がやけに耳に馴染む瞬間があります。

「〜やに」「〜せんでええ」──そう、あれは三重の山間部で交わされる、どこか柔らかく、けれど芯のある言葉たち。

作者・モクモクれんさんは「関西弁ではなく、もっと曖昧でどこかわからない言葉にしたかった」と語っています。でもその“曖昧さ”こそが、東海地方の山村にしかない独特の言語感覚でした。

声優陣が三重弁に近いイントネーションで演じていることも、あの空気の中での会話に命を与えています。

言葉だけではありません。

雨のあと、苔が濡れる神社の階段。誰もいない昼間の商店街。山に飲まれるように建つ住宅地。そのすべてが、「私、この景色を知ってる」と思わせる。

三重県、特に伊賀・名張・御杖村あたりの地形は、まさに“囲まれている”。

広がるのではなく、山が迫ってくるような閉塞感のなかで生きる日常。

その地形は、物語に出てくる“よしき”の孤独と、“光”の不気味さを、まるで最初から準備されていた背景のように支えています。

作者が語る「東海地方の山村」への思い

モクモクれんさんは明言します。

「私が描いたのは“ある特定の場所”ではなく、“記憶の断片”です。」

それでも、どうしてもこの物語が三重の香りをまとっているのは、描かれた風景が“彼女自身のふるさと”の情景を借りているから。

作中に出てくる「限界集落の商店」「無人の神社」「山の中腹にあるバス停」──そのすべてが、彼女が幼少期に過ごしたと語る東海地方の山村に存在していたものだと言います。

「記憶で描いた」と語りながらも、その記憶の中には、土着信仰の空気も、近所の視線も、夏の湿気も、全てが沁み込んでいる。

たぶん、“特定されない舞台”なのに、読者一人ひとりの中に「どこかを想起させる」風景があるのは、そのせいです。

言葉ではなく、体感として記憶に残る場所。

『光が死んだ夏』は、そんな“心のふるさと”を手繰るようにして、三重の空気をまとっているのです。

モデル地とされる三重県の場所一覧【地名つき解説】

『光が死んだ夏』には、“どこでもある田舎”が描かれている。

でも、不思議と「ここだ」と思わせる場所が、いくつも三重県の山間に浮かび上がってくるんです。

それは、方言の響きでも、風景の輪郭でもなくて――

空気の重さと、静けさの中にある“何か”を孕んだ感触が、確かにそこにあるから。

伊賀・名張地域の山村

駅から離れた生活道路。車の音が吸い込まれるほど静かな坂。山に挟まれた細道に、小さな祠と、ぽつんと一軒の商店。

そうした風景が広がるのが、三重県・伊賀や名張の山村です。

このあたりには、“音がない風景”がある。

賑わいではなく、気配で満たされた場所。

アニメで描かれる「曲がったガードレール」「苔のむす石段」「民家と山が地続きになった風景」は、まるでこの地の空撮写真の一部を切り取ったかのようで。

名張市内の古いトンネルや、伊賀の外れにある神社跡地など、作中の場面とぴたり重なる場所も存在しています。

“聖地”と呼ばれるにはあまりに無名で、でも、だからこそ『光が死んだ夏』の世界観とこんなにも合致する。

光がいたかもしれない風景は、そこに息をひそめるようにして、待っていました。

御杖村と「首切り地蔵」の不穏な符号

もし“クビタチ村”という名前に胸がざわついたなら――

あなたはすでに、三重と奈良の境界にある、御杖村（みつえむら）に導かれているのかもしれません。

ここには実際に「首切地蔵」と呼ばれる場所があり、その地蔵は、村の外れの誰も通らない山道にぽつりと佇んでいます。

赤い前掛け。欠けた顔。刻まれた名残。“そこにあるだけで意味がある”存在。

作中に登場する“神社”や“祠”のシーンを思い出してください。

誰もいないのに、誰かに見られているような、あの空気。

御杖村の山間を歩くと、その“違和感”が、足元から染み込んでくるのです。

だからきっと、あの物語は「場所」を描いているんじゃなくて、「場所に宿る感情」を描いていた。

松阪・津の町並みと高校描写

物語の前半にだけある、ささやかな“日常”。

教室での会話。通学路の坂。あの、何も起こらない時間。

その背景を支えているのが、三重県津市や松阪市の風景です。

モデルとされる「白山高校」や、久居駅周辺、「イオン久居店」などの描写は、聖地巡礼者が“確かにあった”と見つけたもの。

普通すぎて、見逃してしまいそうな景色。

でも、光とよしきが一緒に過ごした時間は、そういう“普通”の中にこそ刻まれていた。

だからここもまた、静かに涙がこぼれそうになる風景として、作品に宿っているのだと思います。

描写と一致する風景・神社・商店街を考察

『光が死んだ夏』を読んでいて、ふと、頭の奥に浮かぶ景色がある。

誰かと話したこともないし、写真で見た記憶もない。

それでも「ここを知ってる」と思わせる風景。

それは、舞台が“三重県のどこか”だとわかってから、少しずつ色と輪郭を持ち始めます。

赤い鳥居と“向こう側”に繋がる場所

鳥居は、神聖であると同時に、不穏でもある。

とくに『光が死んだ夏』に出てくる赤い鳥居は、「こっち」と「あっち」を隔てる、静かな境界線のようでした。

三重と奈良の境目、御杖村にある御杖神社。

そこに立つ鳥居は、苔むし、赤さが少しだけ褪せていて、誰かがふと通り抜けてしまいそうな佇まいをしています。

階段を上がっていくにつれて、空気が変わる。

鳥の声が遠くなる。

そんな、“日常が途切れる感覚”は、まさに作品の中で描かれる、“もうひとりの光”が現れた場所と重なります。

物語に出てきたあの鳥居は、もしかしたら、本当にここにあったのかもしれない。

そう思わせるだけの“空気”が、確かにここにはあります。

バス停・学校・住宅の共通点

『光が死んだ夏』には、決して“特別”ではない場所がたくさん出てきます。

駅の前でも、観光地でもない。ただの住宅地、ただの通学路、ただのバス停。

でも、だからこそ、怖くて、愛おしくて、忘れられない。

伊賀・名張の山間には、そんな“忘れられていく景色”が、まだ息づいています。

バス停の名前は消えかけて、ベンチには落ち葉が溜まっている。

けれど、そこに座って空を見上げた少年たちの記憶が、風に混じってまだ残っているような気がしてくる。

そして、作中に登場する学校。

津市の「白山高校」はそのモデル地とされ、校舎の向き、窓の高さ、周囲の山並みまでもが、作品と驚くほど重なります。

アニメの背景美術は、まるで「記憶をなぞる」ように描かれていて。

あの教室で光とよしきが過ごした時間を思い出すだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのです。

この作品の聖地は、特別な観光地じゃありません。

誰にも気づかれずに通り過ぎられてしまうような、普通の場所ばかり。

でも、だからこそ、“彼らが生きていた”という実感が、今も残っている。

その風景の中を歩くとき、私たちは物語の続きを生きているのかもしれません。

おすすめの聖地巡礼ルートと注意点

🚗 車で巡るならこのルート

三重県南部の山あいをゆっくり巡るなら、車が最も自由です。風と静寂を肌で感じながら、『光が死んだ夏』の世界をじっくり味わえます。

• 【出発地点】津市・白山高校モデル（希望ヶ山高校） まず校門や校舎の配置から、あの教室の空気を想像して。
• 津市から御杖村へドライブ：伊勢本街道沿いの石碑や旧街道の佇まいを眺めながら、坂道をたどって。
• 御杖村・阪口商店周辺：アニメ冒頭、アイスを買った店構えを確かめて。
• 御杖神社・首切地蔵：赤い鳥居、石壇、地蔵の影を丁寧に見つめて。
• 名張川沿いの道または近鉄名張～赤目口エリア：夕暮れの川沿いを歩きながら、“日常が薄れる”感覚を味わう。

この順序で巡ると、物語の“時間の流れ”を追体験できて、登場人物たちの視点にぐっと近づけます。

🚉 電車とバスで行ける場所も紹介

公共交通を使うなら、近鉄名張駅や近鉄赤目口駅が起点。そこからローカルバスや徒歩で訪れる巡礼スタイルも可能です。

• 近鉄名張駅～伊賀奥津駅：名松線を使って御杖村へ。
• 御杖村神末エリア：阪口商店や首切地蔵、神社は徒歩圏。路線バスもありますが本数は少なめ。
• 津市・白山高校周辺：久居駅からバスに乗れば高校近くまでアクセス可能。イオン久居、サイゼリヤ、セブン-イレブンなど日常的な施設も周囲に。

※ バスの本数が非常に限られているため、事前の時刻表チェックが必須です。

🧹 巡礼の際に気をつけたいマナーと注意点

この作品の聖地は、特に御杖村や伊賀の山村地域では「観光地化されていない普通の場所」です。

• 住民の生活道路をふさがないように気をつけて通行する。特に駐車は近くの許可された場所で。
• 写真撮影は節度を持って。プライベートな敷地や、写りこむ住民の顔などにも配慮を。
• ごみは必ず持ち帰る。自然や神社周辺を汚さないように。
• 言葉遣いや声のトーンにも注意。静かな空間をゴミ箱代わりにしない。
• 拍手や深夜の滞在など、神社や集落の雰囲気を乱す行為は避けること。

静かな風景を味わう旅だからこそ、“見る”より“感じる”姿勢が大切です。

“光”の気配を感じる旅──現地で得られる感覚とは

風景に触れる、というよりも。

そこに“誰かがいた気配”を感じること――それが、『光が死んだ夏』の舞台を巡る旅なのだと思います。

地名を確かめるためじゃない。聖地を制覇するためでもない。

ただ、「あの物語の続きを、自分の感覚で確かめたい」と思う心が、足を動かすのです。

曇天の空の下で見える「もうひとつの世界」

晴れた日よりも、曇りの日のほうが似合う。

それはきっと、『光が死んだ夏』という作品が、“明るさの中に潜む違和感”を描いていたから。

御杖村の坂道を歩いていると、ふいに風が止んで、音が消える瞬間がある。

そのとき、見慣れた木々や石段が、どこか違う世界に続いているように見えてくる。

光がふり返って、よしきを見つめたあの場所。

声をかけたくても、かけられなかった夏の日。

そんな“余白の感情”を、現地では空気として肌で感じることができるのです。

なぜ人は、記憶のような風景に惹かれるのか

「初めて来た場所なのに、懐かしい」と感じることがあります。

その理由はきっと、風景が“私たちの記憶”に似ているから。

『光が死んだ夏』に出てくる景色は、どれも「ありふれている」のに、「忘れられない」。

それは、私たちの中にも似たような風景があって、その中で何かを失った記憶が眠っているからかもしれません。

あの日言えなかった言葉。

もう戻らない誰かの背中。

そんな“個人的な喪失”が、三重の風景と重なったとき、物語は画面の外に滲み出す。

そしてきっと、“光”は今も、あの風景のどこかで静かに立ち尽くしている。

物語の聖地を巡る、という行為には、少し不思議な切なさが伴います。

それは「この場所で何かが起こった」と確かめに行く旅ではなくて、

「この場所で“誰かが確かに存在していたかもしれない”と、信じるための旅」だからです。

『光が死んだ夏』という作品は、私たちに“異質な存在”との対峙を迫るけれど、

同時に、“言葉にできなかった想い”や、“大切なものを失ってしまった感覚”をそっと思い出させてくれる物語でもありました。

だから、三重の山村に立ったとき。

湿った空気や苔むす石段、誰もいないバス停や、すれ違う人のいない道の途中に、

私たちは、ただ風景を見に来たわけじゃないんだと気づきます。

たとえばそれは、

よしきが言えなかった“さようなら”の重さかもしれないし、

光が見ていた“もう一つの夏”への憧れかもしれない。

けれどきっと、その気配に触れたとき、

私たち自身の中にあった“置き去りにしてきた何か”が、ほんの少し、癒されていくのです。

――この世界のすぐ隣に、もうひとつの世界がある。

その想像力が、今日を生きる力に変わること。

『光が死んだ夏』が好きなすべての人へ。

あの風景の中に、あなた自身の物語が重なりますように。